2008年6月2日月曜日

「格差論と拝金主義」

AERA(08年6月9日号)コラム「内田樹の大市民講座」より


「格差論と拝金主義」

ウィキペディアによると、私は「保守派リベラル」に分類されている。格差論に
対して「金のことなど気にしなければよい」という立場を取っているせいらしい。
だが、私は別に劣悪な環境で働く労働者に「それで我慢しろ」と言っているので
はない。現状を無傷で切り抜けたければ、とりあえずは意地でも「金の全能性」
を認めない方がいいという「マインドセットについてのご提案をしているだけで
ある。

メディアが格差を取り上げるとき、問題にされるのはほとんど常に年収である。
だから、格差を解消するために方途としてメディアは「貧しい人にもっと金を」と
いうことしか提案しない。それは表面的には整合的な意見に思えるが、無言のうち
に「金さえあればこの世の問題のほとんどは解決する」という拝金主義イデオロ
ギーに同意署名している。拝金主義イデオロギーが瀰漫(びまん)することで果た
して貧しい人はより幸福になるのか、より不幸になるのか、どちらであろう。

私は若いとき当然ながら長らく貧乏であったけれど、それでもたいへん愉快に生き
てきた。それは生活上の不都合を「金がないこと」で説明する習慣を持たなかった
からである。若いときの私の生きづらさの理由の過半は私が無知であったり、情緒
的に未熟であったりすることに起因しており、それは多少の金でどうにかなるもの
ではなかったからである。

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